Sayaka Watnabe
染め織り着物と帯 渡邊 紗彌加
制作について
男女兼用着尺・名古屋帯等制作
本格的に織りを初めると同時に
着物を着るようになり早18年
作る人であり なおかつ着る人である私には
二つの理念があります
着る人である私は
自分が纏いたいと感じる着物を作りたい
風合いは かた過ぎず やわらか過ぎず
デザインは洒脱だけれど 粋過ぎず
かといって野暮にはならず
作る人である私が更に求めることは
空気を変える程の
作為無き美
そして
人々の仏性に
頭(こうべ)を垂れるもの
デザイン
デザインは、今までに出逢った様々な時代の
染織品・仏教美術・茶道具・絵画・書物から受けた印象を
自身の中で昇華し
頭の中で構成
或いはデザインを書き出す事なく
糸量の計算のみで制作していきます
理想とするのは〝作為無き美〟
「佳いものを作りたい」
そう思いながら緻密にデザインし
計算する以上は作為が入るもの
しかし 古の仏像や仏画
際立った工芸品などの洗練された美しさから
作為を感じることはありません
そのものの周りだけ 空気が変わるような
自らの意識を深めていくような
作為が入ったとて
作為無き美を生み出すことは 可能なのだと
先人たちは教えてくれます
また 心惹かれる染織品は明治・江戸時代以前のもの
日本特有の美意識そのままを 顕していると感じます
例えば慶長小袖
それは見事なデザイン美であり
色調を抑えた中にも華やかさがあります
そして 限られた材料の中で作られた明治・江戸時代の縞・絣
「無い」中での「有る」を最も生かした過不足無き美しさ
これらは或る意味 相反する染色・染織品ではありますが
染めにも織りにも通ずるような
そう 芸術家(ARTIST)であると同時に
職人(ARTISAN)でありたいと思う私にとって
それらを融合(ARTISANT)することに心を尽くしたく思います
染め
殆どの作品は植物染色100%となっております
染料は植物を採取・ご好意による譲渡・又は購入して染色しています
染色植物の多くに薬効があり
それは遥かいにしえより 人々の身体を支えてきました
植物染色が常であった 江戸時代頃までは
旅の途中で怪我や病に遭った際
自らの衣類を裂き 煎じ飲用していたと伝えられています
又 植物を採取する時期 土地の土壌によっても色相は様々に異なり
自然の移ろいそのままを 染色することを心がけています
故前田雨城先生の教えの一つに
そめいろの第一として 先ず心に〆縄をはること
ところ自ずから浄まりて業必ず極まる
という一文があります
形からでた心ではなく
心からでた形こそ真の心の結晶である
という心構えを追求していくことによって
美しい色に出逢えることを願っています
陶土染め
陶土染めとは
その名の通り陶土で染色する技法を指します
植物を煮出すとその染液の分子は小さく
糸に浸透していきますが
陶土は分子が大きく 糸に付着します
いかに分子を小さくし 糸の奥深くに付着させ
余分な大きい分子を洗い流すかが
染色を行う上で重要となります
遥か昔万葉集で
幾人もの歌人が黄土(はにゅう)について詠んでおり
「埴生の宿」の歌にもその意味を見出すことが出来ます
〜白波の 千重に来寄する住吉の
岸の黄土ににほひて行かな〜
車持朝臣千年
(白波で幾重にも打ち寄せるこの住吉
その岸の美しい黄土に染まっていこうではないか)
およそ1300年の時を経て
その色彩を現代によみがえらせることに探求した
ある万葉集研究者
その方が復元の際
製織を依頼したのが若き日の恩師 吉田紘三先生でした
以来 吉田先生は幻の布と呼ばれる
「黄土ーはにゅうー」「赤土ーはにー」を独自に研究
その技術を伝授頂き
2013年に後継(こうけい)免状を頂きました
今後研鑽を重ね
植物とはまた違った味わいのある色彩を
展開していきたいと思います
織り
織技法は 恩師吉田紘三先生の元で内弟子として四年間
あらゆる技術を御教授頂きました
「なんでも出来る」
という恩師の姿勢から
より繊細で自由な作品をイメージすれば
そのイメージに合う
新しい技法を生み出すこともあります
浮織りや組織織りから 紬織りまで
バリエーションに富んだ技法から
使用する糸使いに合う色を吟味
全体が一致した作品を作れることを
目標としています
又 生地はしっかりしているけれど
かたくなく 風合いの良いものを求める為
通常より細めの糸を 密度を増やして
織っています
作品によっては 砧打ちをほどこしたものもあり
これからも 求める風合いの良いものを
試行錯誤して参ります
銘
やまと歌は 人の心を種として
よろづの言の葉とぞ なれりける
古今和歌集 仮名序より
和歌というのは 人の心を種にして
葉が生い茂るように 沢山の言葉となったもの
古く 言語を意味する語は こと(言)が一般的でした
和歌から派生した 言の葉 は
のちに幅広く ことばにも意味を持つようになりました
美しい響きが多い日本語は
古の日本人が 繊細に生きることによって
自然に音となって表わされたもの
そんな“ことのは”が大好きな私は
ほとんどの作品に 織り上げてから題名を付けます
日本語からイメージした作品を
デザインすることもありますが
或る意味 産まれ
初めて出逢った子供に名前を付けるように
織り上げた作品に ぴったりの名前を探すのです
無限にある言の葉は
織り上げた作品に
豊かな奥行きを与えてくれます